こんにちは、歯科衛生士の熊崎です。
毎日暑い日が続きますね、この時期は台風の影響もあったりするので皆さんも気をつけましょう!
本日は歯の神経を守ることができるMTAセメントについて書きたいと思います。
(歴史などは省略しています)
目次
MTAセメントの用途と適応症
歯髄保護(覆髄)

MTAセメントが最も効果を発揮する代表的な用途が「覆髄」です。
覆髄とは、虫歯の治療中に露出してしまった歯髄(神経)を保護し、抜髄せずに温存する処置を指します。特に若年者や神経がまだ生きている歯において、この処置は将来的な歯の健康を守るうえで非常に重要です。
従来の覆髄材にはカルシウム水酸化物(Ca(OH)₂)が使用されてきましたが、これには封鎖性の低さや長期的な劣化といった問題点がありました。その点、MTAは封鎖性が高く、唾液中の細菌の侵入を防ぐことができ、神経の炎症を抑えて歯髄の回復を促進することが科学的に証明されています。
また、MTAは石灰化を促進する作用があるため、覆髄後に第二象牙質の形成が見られるケースも多く、長期的に見ても安定した予後が期待できます。臨床的にも、深い虫歯で神経が微妙な状態の時には「とりあえず抜かずに様子を見よう」という判断ができるようになり、歯の保存率が向上しています。
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根尖閉鎖(アペキシフィケーション)
根尖閉鎖(アペキシフィケーション)とは、特に根の発育が未熟な若年者の歯で、根の先端が開いたままになっている場合に行う治療です。
従来は数ヶ月から1年にわたって水酸化カルシウムを詰め替えながら治療する必要がありましたが、MTAの登場により、わずか1~2回の処置で閉鎖が可能になりました。
MTAを根尖部に填入することで、人工的に硬い封鎖壁を作り、その上から根管充填を行うという流れです。この治療は「人工的アペキシフィケーション」とも呼ばれ、若年者の歯の保存に革命をもたらしました。
このように、従来の治療法では根が完全に成長するまで待つ必要があったケースでも、MTAによって短期間かつ確実に治療が可能となり、患者にとっても歯科医師にとっても大きなメリットとなっています。
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パーフォレーションリペア(穿孔部の修復)
根管治療中に起こる可能性のあるトラブルの一つが「穿孔(パーフォレーション)」です。
これは、誤って歯の外側に穴を開けてしまう状態で、放置すると炎症や感染の原因となります。従来の材料では封鎖性が低く、治療しても再発することが多かったのですが、MTAの登場により、穿孔の修復が非常に予後良好となりました。
MTAは唾液や血液中でも硬化が可能で、かつ封鎖性が非常に高いため、穿孔部位に直接詰めても漏洩が起きにくく、長期的に安定した修復が可能です。生体適合性にも優れているため、歯周組織との接触も問題なく、炎症を引き起こすことがほとんどありません。
このため、穿孔が発生した場合でもMTAを用いれば抜歯を回避できる可能性が高まり、患者にとって大きな希望となっています。
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歯根端切除術における逆根充材
根管治療で症状が改善しない場合や、病巣が大きい場合には「歯根端切除術」という外科的処置が行われることがあります。
この処置では、感染源となっている根尖部(歯の先端)を切除し、切除面に逆方向から根充を行う「逆根充」が必要です。
この際に使用する材料として、かつてはアマルガムやZOE(酸化亜鉛ユージノール)が使われていましたが、封鎖性や生体安全性に問題がありました。現在ではMTAが逆根充材として主流となっており、その封鎖性の高さ、生体親和性、硬化安定性により、手術の成功率が大きく向上しています。
逆根充材としてのMTAは、治療後の病巣の再発防止に極めて有効であり、手術後の経過も良好な症例が多数報告されています。
MTAセメントの利点
生体適合性と抗菌性

MTAセメントの最大の魅力は、その高い生体適合性にあります。人体にとって異物感が少なく、周囲の組織との親和性が高いため、術後の炎症や拒絶反応がほとんど見られません。これは、MTAが水と反応して硬化する際に生成されるカルシウムイオンやアルカリ性環境が、組織の修復と再生を促進するからです。
さらに、MTAが持つpH12.5という高アルカリ性は、強力な抗菌効果も生み出します。これは、歯の内部や根尖部に存在する細菌を死滅させるのに非常に有効で、感染による再発リスクを大きく下げる要因になっています。例えば、エンテロコッカス・フェカリス(難治性の根尖感染に関与する細菌)に対しても抑制効果があると報告されており、従来の材料では難しかった再発防止に一役買っているのです。
臨床では、治療直後から術後の炎症が軽減されたという報告も多く、患者の苦痛を最小限に抑える点でも、MTAの有用性が評価されています。
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シーリング性と漏洩防止効果
もう一つの大きな利点が、「シーリング性(封鎖性)」の高さです。歯の根の内部や穿孔部分に使用した際、MTAは周囲の構造と密に結合し、非常に緻密な封鎖層を形成します。これにより、細菌や体液の侵入をシャットアウトし、再感染のリスクを大幅に低減することが可能です。
根管治療の失敗要因の多くは「封鎖不良」による再感染ですが、MTAの高い密閉性はこうした問題を根本的に解決できる可能性を秘めています。硬化後の物理的な膨張によって、周囲の象牙質とより密着しやすくなる点も見逃せません。
また、従来の材料では扱いが難しかった血液や湿潤環境下でもMTAはしっかりと機能します。これは、MTAが水存在下でも適切に硬化できる「水硬性材料」であることによる恩恵です。
これにより、難症例や出血を伴うケースでも治療の成功率が向上し、MTAは歯科医師にとって非常に頼もしい味方となっているのです。
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石灰化促進作用と治癒能力
MTAセメントは単なる封鎖材ではなく、治癒を「促進する」材料でもあります。MTAが水と反応して硬化する際に発生するカルシウムイオンは、象牙芽細胞の分化を刺激し、新たな硬組織(第二象牙質やセメント質)を形成する働きがあります。
これは覆髄処置後の「象牙質ブリッジ形成」や、穿孔部位での自然な骨再生を促す根拠にもなっており、従来の材料には見られなかった画期的な特徴です。単に歯を修復するだけでなく、自己修復能力を引き出すという点で、まさに“治癒を手助けするセメント”と言えるでしょう。
また、最近の研究では、MTA使用後に炎症が抑えられ、血管新生(新しい毛細血管の形成)も促進されることが報告されています。これは、血流の改善や組織修復にとって非常に重要な要素であり、長期的な治療成績に直結します。
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MTAセメントの欠点・課題
硬化時間の長さと操作性

MTAには多くの利点がある一方で、いくつかの欠点も存在します。その中でも代表的なのが「硬化時間の長さ」です。一般的なMTA製品では、完全硬化までに3〜4時間、製品によっては24時間以上を要することもあります。
このため、1回の処置で完了したい場合や、即時に補綴物(詰め物・被せ物)を装着したい症例では、使いづらいことがあります。また、MTAは粘性が高く、操作がやや難しいため、慣れていない術者にとっては扱いにくいと感じることも多いです。
現場では、「乾燥しすぎず、湿りすぎず」の絶妙な水分バランスを保ちながら詰める必要があり、熟練した技術が求められます。さらに、細かい場所に確実に充填するためには、専用の器具や技術が必要になることもあります。
これらの課題を受けて、近年では「早期硬化型MTA」や「操作性を改良したMTA」なども登場していますが、それでもなお、MTAの扱いは初心者にとってややハードルが高いことは否定できません。
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コストと材料の取り扱い
MTAは非常に優れた材料ですが、それに伴いコストも高めです。1症例あたり数千円〜1万円を超えることもあり、保険診療での制約が多い日本では自費診療として扱われるケースが少なくありません。
また、MTAは水と混ぜることで硬化反応が始まるため、使用時には直前に練和しなければなりません。練和のタイミングや水量に少しでもズレがあると、硬化不良や性能の低下を招く恐れがあるため、取り扱いには細心の注意が必要です。
保存状態にも注意が必要で、未使用のMTAは湿気や高温を避けて保管する必要があります。こうした取り扱いの煩雑さも、忙しい現場においてはデメリットとなることがあります。
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色調の変化と審美性の問題
もう一つの懸念点は、「変色」のリスクです。特にグレーMTAは時間の経過とともに色が暗くなることがあり、前歯など審美性が求められる部位での使用には注意が必要です。
この変色は主に含有されている酸化ビスマス(造影剤)によるものと考えられており、患者から「歯が黒くなった」と指摘を受ける原因にもなり得ます。そのため、前歯部に使用する場合は「ホワイトMTA」や、変色リスクの少ない代替材料を選択するなどの配慮が必要です。
審美性の問題に対しては、MTAの開発メーカーも改善に取り組んでおり、変色しにくいMTAや、審美部位用の特殊タイプも市場に出回るようになってきました。
MTAの代替材料と比較
バイオセラミックとの違い
近年、MTAの欠点を補うために登場したのが「バイオセラミック」系材料です。これらはMTAと同じく水硬性で、生体適合性や封鎖性を兼ね備えた新世代の歯科用セメントとして注目を集めています。たとえば、「Biodentine(バイオデンチン)」や「EndoSequence BC Sealer」などがその代表格です。
バイオセラミックとMTAの最大の違いは、操作性と硬化時間にあります。多くのバイオセラミック製品は即時硬化が可能で、扱いやすく、処置時間を大幅に短縮できます。また、パウダーと液体を混ぜる必要がないプレミックス製品もあり、忙しい臨床現場において非常に便利です。
さらに、バイオセラミックは変色のリスクが少ない点でも評価されています。ホワイトMTAですら時間経過で色が濃くなる可能性がありますが、バイオセラミックは審美性の高い前歯部でも使用しやすい特徴を持っています。
とはいえ、MTAは長年の臨床実績があり、適切に使用すれば非常に高い治癒率を誇る材料です。バイオセラミックはあくまで選択肢の一つとして捉え、症例に応じて使い分けるのがベストです。
従来の覆髄材との比較
MTAと従来の覆髄材(特に水酸化カルシウムやZOE系セメント)を比較すると、その性能差は明らかです。
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特徴 | MTAセメント | 水酸化カルシウム | ZOE系セメント |
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生体適合性 | 非常に高い | 中程度 | 低い場合も |
封鎖性 | 高い | 低い | 低い |
抗菌性 | 高い | 中程度 | 中程度 |
石灰化促進 | あり | あり | なし |
操作性 | やや難しい | 簡単 | 簡単 |
硬化時間 | 長い(数時間~ | 短い | 短い |
審美性 | やや劣る | 良好 | 良好 |
費用 | 高価 | 安価 | 安価 |
上記の通り、MTAは性能面では従来材料を凌駕していますが、その分コストと操作性に課題があります。簡易な処置やコストを重視する場面では従来の材料も今なお利用価値がありますが、保存治療における成功率の高さを求めるなら、やはりMTAが第一選択になるでしょう。
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MTAセメントの使用方法
手順と使用時の注意点
MTAの使用手順は比較的シンプルですが、成功させるためには正確な操作が不可欠です。以下に一般的な手順を示します:
- 患部の清掃・消毒:細菌や組織片を取り除く。
- 乾燥の調整:MTAは水分により硬化するため、完全な乾燥は不要。
- MTAの練和:製品指定の水と練り合わせ、ペースト状に。
- 充填:専用器具で患部に丁寧に充填する。
- 仮封または即時修復:MTAが硬化するまで仮封する。
注意点としては、「適切な水量での練和」が非常に重要です。水が多すぎると硬化不良に、少なすぎると操作が困難になります。また、硬化中の材料に触れてしまうと、その部分だけ劣化する可能性があるため、処置後は極力動かさないようにします。
さらに、湿潤環境でも硬化可能とはいえ、過度な出血や唾液混入は避ける必要があるため、ラバーダム防湿や綿栓での対策も重要です。
最新の研究と今後の展望
新型MTAの開発動向
MTAの登場以来、多くの研究者や企業がその改良型や代替材料の開発に取り組んでいます。なかでも注目されているのが、「硬化時間の短縮」と「変色防止」を実現した新型MTAです。
たとえば、ファイバー入りMTAや光重合型MTAのような新技術が続々と登場しています。これらは、従来のMTAの弱点であった操作性や審美性を克服することを目的としており、臨床の現場でも実用化が進んでいます。
さらに、酸化ビスマスの代わりに他の造影剤(ジルコニアなど)を使うことで変色リスクを減らし、前歯部への応用範囲が拡大しています。また、ナノテクノロジーを応用した微粒子MTAも開発されており、より滑らかな操作感と密な封鎖性を提供しています。
研究の中には、自己修復性を持つMTAや、抗菌成分を長期にわたって放出するMTAなどもあり、まさに「生きた材料」として進化し続けています。
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将来的な臨床応用の広がり
MTAの今後の展望としては、「予防」や「再生医療」への応用が期待されています。これまでのように“問題が起きてから使う”という治療的な使い方だけでなく、“問題が起きないようにする”という予防的な使い方も可能になってきています。
例えば、初期のう蝕や小さな穿孔に対してMTAを用いることで、将来の抜髄や抜歯を回避する治療計画が立てられるようになります。また、幹細胞治療との組み合わせによる歯髄再生、歯の再建なども研究が進んでおり、将来的には人工的に歯髄や象牙質を再生できる技術として注目されています。
さらに、MTAの技術が応用された製品は、口腔外科、インプラント、矯正などの分野にも波及しています。これは、MTAの「組織親和性」という性質が、歯科にとどまらず医療全体に影響を与えるポテンシャルを持っていることを意味します。
要するに、MTAはただの「詰め物」ではなく、歯科治療の根本を変える可能性を秘めた未来型の材料と言えるでしょう。
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まとめ:MTAセメントは歯科治療の未来を担う材料

MTAセメントは、その登場によって歯科治療に革命をもたらした画期的な材料です。生体適合性、封鎖性、抗菌性、石灰化促進能力など、従来の材料では実現できなかった多くの特性を備えており、保存治療や歯内療法において大きな信頼を得ています。
もちろん、操作性やコスト、変色といった課題も存在しますが、それらを補完する新型MTAやバイオセラミックの登場により、今後さらに進化していくことが期待されています。
「なるべく歯を残したい」「神経を取らずに済ませたい」といった患者の願いに応えるうえで、MTAはまさに“歯の救世主”と呼べる存在です。今後の臨床応用や研究成果にますます注目が集まることでしょう。
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よくある質問(FAQ)
Q1: MTAセメントはどのくらいで固まりますか?
A: 製品によりますが、通常のMTAは約3〜4時間で硬化を開始し、完全硬化には24時間程度かかることもあります。早期硬化型のMTAを使用すれば、15分〜1時間程度で仮封が可能な製品もあります。
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Q2: MTAセメントは子どもの治療にも使えますか?
A: はい、特に根未完成歯や深い虫歯の覆髄治療において、安全に使用されています。生体適合性が高く、石灰化を促進するため、成長中の歯にも適した材料です。
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Q3: MTAセメントは自費治療になりますか?
A: 多くのケースで自費扱いになることがありますが、一部の保険適応処置(例えば歯髄保存治療)でも使われる場合があります。詳しくは歯科医院に確認することをおすすめします。
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Q4: MTAセメントが変色する理由は何ですか?
A: 主に酸化ビスマスという造影剤が原因です。光や酸と反応して色が暗くなることがあり、前歯部での使用には注意が必要です。ホワイトMTAや変色しにくいMTA製品もあります。
歯は神経を失うと枯れ枝のようになり、力が加わるだけでパキッと折れてしまいます。そうなると抜歯をするしか方法がなく、歯を失う原因になってしまいます。自分の歯を長く持たせるための選択肢としてMTAがあることを知っていただけたら幸いです☺